
「非正規といえば氷河期世代」という固定観念を疑う
「氷河期世代は非正規雇用の被害者であり、ゆとり世代以降は売り手市場の恩恵を受けた勝ち組だ」——この二項対立的な図式は、SNS上で繰り返し語られる、極めて分かりやすい物語だ。しかし、分かりやすい物語ほど、統計データの検証を経ずに拡散されやすいという傾向があることは、だ。本記事では、総務省統計局「労働力調査」の年齢階級別データを用いて、この物語がどこまで正確なのかを検証する。
総務省の調査によれば、氷河期世代のコア層にあたる35〜44歳の人口は1,679万人で、20〜69歳の労働力人口全体に占める割合は21.3%となっている。この世代規模の大きさゆえに、氷河期世代の雇用問題は社会的な注目を集めやすい。しかし、注目を集めやすいことと、実際に最も深刻な状況に置かれていることは、必ずしもイコールではない。
図1:年齢階級別・不本意非正規率の比較(概念図)
出典:総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」、厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」等の公表傾向を基に作成
「ゆとり世代」の定義と、氷河期世代との年齢的な関係
「ゆとり世代」という呼称は、2002年度から導入された「ゆとり教育」を受けた世代を指す言葉として広まった。一般的には1987年〜2004年頃生まれの層を指すことが多いが、明確な公的定義があるわけではなく、論者によって幅がある。氷河期世代(おおむね1970年〜1984年頃生まれ)とは、年齢的に見て一部重なる部分もあるが、多くはより若い世代として位置づけられる。
本記事で焦点を当てるのは、現在の年齢階級で言えば25〜34歳前後の層だ。この層には、ゆとり世代の後半とZ世代の一部が含まれており、就職活動を行った時期は、氷河期世代とは大きく異なる、相対的に有効求人倍率が高い「売り手市場」の時期に該当することが多い。
| 世代 | おおよその生まれ年 | 現在の年齢の目安 |
|---|---|---|
| 氷河期世代(コア層) | 1975年〜1984年頃 | 40代前半〜50代前半 |
| ゆとり世代(前半) | 1987年〜1995年頃 | 30代前半〜30代後半 |
| ゆとり世代(後半)〜Z世代 | 1996年〜2004年頃 | 20代前半〜30代前半 |
不本意非正規率で見る、世代間の「逆転現象」
当サイトの別記事でも紹介している通り、非正規雇用比率という表面的な数字だけでなく、「不本意非正規率」——正社員になりたいのに非正規にとどまっている人の割合——という、より本質的な指標で世代間を比較することが重要だ。厚生労働省の資料によれば、25〜34歳層の不本意非正規率は、全世代平均を上回る水準で推移している年が多く、直近のデータでも12.7%程度と、全世代平均(8%台)を大きく上回っている。
一方、氷河期世代のコア層にあたる45〜54歳の不本意非正規率は、過去のピーク時こそ高水準だったものの、直近では低下傾向が続いている。つまり、時間の経過とともに、雇用の質をめぐる問題の「重心」は、氷河期世代から、より若い世代へと移りつつあるというのが、データが示す実態だ。
- 「氷河期世代=非正規の被害者」「ゆとり世代以降=売り手市場の勝ち組」
- 世代間の雇用格差を、固定的なものとして捉える
- 直近の統計データを確認せず、過去のイメージのまま語る
- 不本意非正規率は年々変化しており、直近では若年層が高い傾向
- 雇用問題の「重心」は世代を超えて移動する、動的なものと捉える
- 最新の一次統計を確認した上で、世代論を語る
なぜ「ゆとり世代は売り手市場だった」というイメージが強いのか
ゆとり世代・Z世代の一部が就職活動を行った2010年代後半〜2020年代前半は、確かに有効求人倍率が高く、企業側の採用意欲が旺盛な「売り手市場」の時期だったことは事実だ。しかし、この時期に正社員として就職できたことと、その後のキャリアが安定していることは、必ずしもイコールではない。
新卒時点で正社員として就職できたとしても、その後の早期離職、非正規への転換、あるいは初職からして非正規雇用だったケースなど、複数の経路を経て、結果的に不本意非正規の状態に至る若年層も一定数存在する。「売り手市場だったから若い世代は安泰だ」という単純化されたイメージは、こうした複雑な経路を見落としている。
データが示す、氷河期世代の「その後」の回復
氷河期世代の正規雇用比率は、就職活動当時の厳しさとは対照的に、年齢を重ねるとともに回復傾向にある。就職氷河期世代支援推進室の資料でも、氷河期世代コア層より若い年代では、初職が非正規雇用であっても「希望通り」と回答する割合が相対的に高い傾向が指摘されている。これは裏を返せば、氷河期世代コア層では「不本意な非正規」の割合が相対的に高かった時期があった一方、その後の年月を経て、正規雇用への移行が進んできたことを示唆している。
つまり、氷河期世代は「最初に非正規化の煽りを最も強く受けた世代」であったことは事実だが、その後の30年近い年月の中で、正規雇用への移行やキャリアの立て直しを進めてきた世代でもある。この「時間の経過による回復」という視点を抜きにして、氷河期世代を「今なお最も非正規に苦しむ世代」として固定的に語ることは、データの経年変化を無視した議論だ。
労働市場の構造変化——氷河期世代とゆとり世代を取り巻く違い
氷河期世代とゆとり世代・Z世代とでは、就職活動を取り巻く労働市場の構造そのものが大きく異なる。氷河期世代が新卒だった1990年代半ば〜2000年代前半は、バブル崩壊後の景気後退期と重なり、企業側が新卒採用を大幅に絞り込んだ時期だった。一方、ゆとり世代・Z世代の多くが就職活動を行った2010年代後半〜2020年代前半は、少子化による労働力人口の減少と、企業の人手不足が重なり、有効求人倍率が高水準で推移する「売り手市場」だった。
この構造の違いは、新卒採用というスタートラインにおいては、確かに後続世代に有利に働いた。しかし、労働市場全体で見れば、非正規雇用という雇用形態そのものは、産業構造の変化やコスト削減のニーズを背景に、世代を問わず一定の規模で存在し続けている。「入口の有利さ」と「雇用形態全体の構造」は、別の次元の問題として捉える必要がある。
| 世代 | 就職活動期の労働市場環境 |
|---|---|
| 氷河期世代 | バブル崩壊後の採用抑制期。有効求人倍率は低水準 |
| ゆとり世代(前半) | リーマンショック後の一時的な採用抑制を経て回復基調 |
| ゆとり世代(後半)〜Z世代 | 労働力人口減少による人手不足で、有効求人倍率は高水準 |
「初職」と「その後」——キャリアの分岐点はどこにあるのか
労働経済学の分野では、新卒時点の労働市場環境が、その後のキャリア全体に長期的な影響を及ぼす現象を「世代効果(コーホート効果)」と呼ぶことがある。氷河期世代が新卒時点で正社員としての就職機会に恵まれなかったことが、その後の賃金カーブや昇進機会に、一定の影響を残してきたことは、複数の研究でも指摘されてきた論点だ。
一方で、ゆとり世代・Z世代が売り手市場で正社員として就職できたとしても、その後の早期離職率の高さや、契約社員・派遣社員としてのキャリアを選択するケースなど、初職のスタートラインの有利さが、必ずしもその後のキャリア全体の安定を保証するわけではないという実態も見えてくる。「世代効果」は入口だけで決まるものではなく、その後の転職・キャリア形成のプロセス全体を通じて、複雑に作用し続ける。
世代間の「雇用の質」を左右する、もう一つの視点——産業構造
非正規雇用比率は、世代だけでなく、その世代がどの産業に多く従事しているかによっても大きく変わる。氷河期世代は製造業・卸小売業といった伝統的な産業に多く従事してきた一方、ゆとり世代・Z世代は、IT・情報通信業やサービス業など、比較的新しい産業への就業割合が高い傾向にある。
産業ごとに非正規雇用の活用度合いは大きく異なり、例えば宿泊・飲食サービス業や卸小売業は非正規雇用比率が高い傾向にある一方、情報通信業や公務は相対的に正規雇用比率が高い傾向がある。世代間の非正規雇用比率の違いを論じる際には、こうした産業構造の違いも、無視できない変数として考慮する必要がある。
つまり、「氷河期世代は非正規率が高い」という言説の背後には、実は「氷河期世代が多く従事している産業の非正規雇用比率が高い」という、産業構造由来の要因が隠れている可能性がある。世代そのものの特性と、従事する産業の特性を混同してしまうと、原因と結果を取り違えた誤った結論に至りやすい。
- 「氷河期世代は非正規が多い」を、世代の特性だけで説明しようとする
- 従事している産業の違いという変数を考慮しない
- 単純な年齢だけの比較で、世代間の優劣を断定する
- 従事する産業によって、非正規雇用比率が大きく変わることを理解する
- 世代だけでなく、産業・職種という複数の変数で分析する
- 自分が属する産業の構造を理解した上で、キャリア戦略を立てる
世代間比較を、対立ではなく構造理解に使う
SNSで飛び交う言説への反論
よくある質問
Q. 世代の呼び方について、注意すべき点はあるか?
A. 「氷河期世代」「ゆとり世代」「Z世代」といった呼称は、いずれも公的な統計区分ではなく、メディアや論者が便宜的に使う通称であることに注意が必要だ。厳密な議論を行う際には、生まれ年や年齢階級といった、より客観的な区分に立ち返ることが望ましい。
Q. 「ゆとり世代」と「Z世代」は、どこで区切られるのか?
A. 明確な公的基準はないが、一般的には1987年〜2004年頃生まれを「ゆとり世代」、1990年代後半〜2010年頃生まれを「Z世代」と呼ぶことが多く、両者は一部重なる。呼称は論者や文脈によって幅があることに留意が必要だ。
Q. 氷河期世代とゆとり世代、結局どちらが厳しい状況にあるのか?
A. 単純にどちらが厳しいと断定することは難しい。氷河期世代は「初職での不利」を経験した世代であり、後続の若年層は「不本意非正規の高止まり」という別の課題に直面している。時期や指標によって、どちらがより厳しいかは変わりうる。
Q. このようなデータを知ることに、どんな意味があるのか?
A. 世代間の対立を煽るためではなく、「非正規雇用問題は氷河期世代固有の問題ではなく、日本の労働市場全体の構造問題である」という、立場を、データで裏付けるためだ。特定世代へのレッテル貼りから、構造的な議論へと視点を移す助けになる。
Q. コーホート効果があるなら、氷河期世代は不利な状況から抜け出せないのではないか?
A. コーホート効果は平均的な傾向を示すものであり、個人の運命を決定づけるものではない。実際に、氷河期世代の中にも、転職やスキルアップ、独立起業などを通じて、平均的な傾向から大きく乖離した成功を収めている人は数多く存在する。「上昇志向」は、まさにこうした統計的な平均を上回るための実践的な指針だ。
Q. 産業や職種によって非正規率が違うなら、転職で産業を変えることに意味はあるか?
A. 大いに意味がある。非正規雇用比率が低く、正規雇用への転換が進みやすい産業・職種を見極め、そこに自分のスキルを移していくことは、個人レベルでできる極めて合理的な戦略だ。当サイトの転職・リスキリング関連の記事も、ぜひ参考にしてほしい。
データを「武器」として使うために——世代論に振り回されない生き方
本記事で紹介してきた通り、氷河期世代とゆとり世代の非正規雇用をめぐる状況は、単純な「どちらが恵まれているか」という二項対立では語れない、複雑な構造を持っている。この複雑さを正確に理解することは、単なる知的好奇心を満たすためだけではなく、自分自身のキャリア戦略を立てる上で、極めて実践的な価値を持つ。統計を武器にできる人間だけが、感情論の渦から一歩抜け出し、次の一手を冷静に選び取ることができる。
「氷河期世代だから仕方ない」という諦めも、「ゆとり世代は恵まれているから努力しなくていい」という慢心も、どちらもデータに基づかない、危険な思考停止だ。世代を問わず、非正規雇用の状態から抜け出したいのであれば、自分が置かれている産業・職種の構造を理解し、市場価値を高める行動を、今日から積み重ねていくしかない。これこそが、感情論を排したデータドリブンな逆転戦略の核心だ。
結論:「非正規=氷河期世代」という古い固定観念からの脱却を
「ゆとり世代は売り手市場で恵まれていた」「氷河期世代は今も非正規の被害者だ」という単純化された物語は、年齢階級別の不本意非正規率データを見る限り、正確な描写とは言い難い。むしろ、雇用の質をめぐる問題の重心は、時間とともに世代を超えて移動していることが、データから読み取れる。
特定の世代を「被害者」として固定的に語ることは、当サイトが一貫して警戒してきた「ウソの被害者ポジション」にほかならない。非正規雇用問題は世代限定の問題ではなく、日本の労働市場全体が抱える構造的な課題であるという理解を土台に、それぞれの世代が今できることに焦点を当てていくべきだ。
世代間の比較データを知ることは、他責思考を強めるためのものではなく、むしろ自分自身の状況を客観的に把握し、次に取るべき行動を見定めるための材料として活用すべきだ。氷河期世代であれ、ゆとり世代であれ、データに基づいて冷静に現状を分析し、市場価値を高める行動を積み重ねていく者だけが、最終的に安定したキャリアを築いていく。
「自分の世代は不遇だ」という物語にしがみつく時間があるなら、その時間を、自分自身のスキルアップや資産形成に投資したほうが、はるかに建設的だ。当サイトは、これからも世代論の誤解を一つずつ解きほぐしながら、読者一人ひとりの行動を後押ししていく。